「原因」を取り除く考え方

 「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。」これは太宰治の『走れメロス』の書き出しです。人は「原因とされるものを取り除けば、すべてが良くなるはずだ」と考えることがあります。確かに機械の場合、故障した部品を交換すればまた正常に動くようになることがあります。西洋医学では病気に侵された部分を切除すれば身体が回復に向かうという考えから手術が行われることがあります。前提となっているのは「問題には特定の原因があり、その原因は取り除くことができる」という考え方です。

機械や身体だけでなく、人間そのものについても同様のことがあります。たとえば何か問題が起きてある人物に原因があるとみなされた時に、会社組織であればやむをえず人事異動や解雇ということもありえます。家族であった場合、別居や離婚ということもあります。確かにそれらが解決法になる場合もあります。しかしもしそれが相互の納得の上で行われなければ、かなりの荒療治になってしまい心に傷跡を残す場合もあります。

最悪なのは「原因」とされた人がスケープゴートである場合です。問題の真の原因がもっと別のところにある場合、原因がひとつだけではなく複数ある場合や、原因とされたものに実は助けられていたという場合、原因とされるものを除去することは逆効果となることがあります。意図に反して事態がもっと複雑化し、悪い方向に向かう可能性もあるということです。過剰な「犯人探し」は良いことではありません。

これらの「原因を取り除く考え方」に対して別の考え方があります。たとえば東洋的な森田療法の考え方では原因を取り除こうとは考えません。原因という言葉を症状に置き換えてみましょう。

「症状さえ消してしまえば、すべてはうまくいく」「症状は百害あって一利なし」「症状がある限り、何もできない」という考え方ではなく、「症状は誰にでもあるもので、なくす必要もないし、なくなるものではない」「症状は何かから自分を守ってくれているのかもしれない」「症状を持ちながらでも、できることがある」と考えます。

これは「原因を取り除く考え方」からすれば大きな発想の転換です。現代風に言えば認知の修正ということになります。たとえば対人不安は誰にでもあるもので、対人不安があるからこそ人は自分の言動に気をつけるもので、対人不安がありながらもとりあえず人前に出てみよう、という考え方です。この考え方に基づいて行われるカウンセリングが有効なケースが多くあります。特に人間の心の世界となると、単純に「原因→結果」の直線的な因果律で捉えきれないことが非常に多くあります。



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