始めは全体の半分

タイトルの言葉はプラトンやアリストテレスも引用したギリシアのことわざです。意味は「仕事に手をつけられたら、それだけで半分完成したようなものだ」という感じです。


人間が何かの行動を開始するのは、いきなりそれが生じるのではなく、それなりの準備期間があることが多いでしょう。いろんな条件がそろって初めて、「では実際にやってみよう」という気持ちになることはよくあります。準備期間は数日のこともあれば、何年もかかることもあります。


私も野鳥の写真を撮り始める前は、たまに携帯で身近なものの写真を撮る程度でした。しばらくその時期が続いて、ある時望遠レンズで遠くのものを撮ってみたい気持ちが生じ、ついに野鳥を撮影するようになった経緯があります。


カウンセリングでも「頭ではわかっているものの」何かの行動を始められない(あるいは、やめられない)という話はよく登場するものです。口ではやりたいと言っていても、本心ではあまり気が進まない場合もあるでしょう。まだ心が決まっていない場合もあるでしょうし、誰かに背中を押してもらう必要があることもあるでしょう。


たとえば、過度の飲酒は身体に良くないと頭ではわかっていても、実際に飲酒を控える行動を先延ばしにしてしまう場合もあります。実際に身体を壊して初めて、飲酒の問題に取り組む気持ちになることもあります。


ある種の行動はなかなか着手できないことを考えれば、その行動を始められたということは非常に大きな一歩であることは間違いありません。ゼロの状態から行動を起こすためには、大変大きなエネルギーが必要です。無事にスタートできたのであれば、その段階ですでに半分の道のりを越えたようなものと考えて良いでしょう。「始めは全体の半分」なのです。