多くの相談者の方は、いわゆる「メンタル系」の本を読んだことがあると語ります。悩みや症状について正確な知識を得ることは、適切に対処したり、周囲に説明したりするためにも大切なことだと思います。人に知られずに解決したいと思って、孤軍奮闘している場合もあるでしょう。良い書物に出会い、新しい考え方にふれて、はっとさせられることもあると思います。
しかしデメリットもあります。多くの情報に混乱する、不確かな情報に振り回される、間違った自己診断・治療選択をしてしまう、悩みや病状にとらわれて苦しくなる、といった場合もあるかもしれません。メンタル系の本だけに耽溺することは、私としては基本的にお勧めしていません。
この点で、森田正馬は興味深いことを言っています。森田療法の「実際生活に帰る準備をする時期(彼の言う第四期)」での読書についての言及です。ある程度、文字を読む集中力が出てきた段階と理解してよいでしょう。ここでは、それを森田的読書と呼ぶことにします。(森田療法については、過去記事「森田療法を受けたい方へ」)
「読書については、すべて娯楽的なものを排し、また哲学、文芸等、思想的なものも採らない。つねに動物学、天文学、心理学、歴史、伝記等、平易な実際的、叙述的、科学的なものを選んで与える。読書の方法は、自室内に閉居して読むことはさせない。食後とか、仕事に疲労したり、あるいは仕事がきれた合間とか、気の向いたときとか…またその読み方は、手当たり次第に、どこと選ばず本の開いたところをそのまま…その分量は三行でもよし五行でもよし、いやになればただちに本を閉じて止める。気が向いたときは分量に制限はない…(…は引用者が省略した部分)」
実学的な本を三行でもいいから読み、いやになったらすぐ止めるというのは面白いですね。つけ加えておくと、現代ではひとくちに心理学といえども、哲学的議論から科学理論、実際的なハウツー本まで数が多くバラエティーに富んでいます。森田が生きていた当時は、どうだったでしょう?
私の読書経験から言うと、上の引用に出ていないものでは、地理学などの分野もいいと思います。本を読みたいと希望する不安障害(昔は森田神経質とも呼ばれた)の人々に、安心してお勧めできます。その理由は、まず気晴らしになることと(悩みや症状から一定の距離を取るのに役立つ)、広い視野に目を向けられること、そして地理学は身近な生活や土地とも結びついているために、誰もが興味を持ちやすく有益なことが挙げられます。
読書にはいろいろな目的があるため、森田的読書の考え方は絶対的なものとは思いません。時代背景も異なります。しかし、悩みや症状を解決していくうえで一つの参考にはなるでしょう。今の時代、実際的で平易な書物はたくさんあります。書物を選ぶ際に大事なことは、自分自身がほんとうに関心を持てるジャンルを見つけることかもしれません。
引用・参考文献
森田正馬 新版 神経質の本態と療法 白揚社
日本地理学会 地理の図鑑 KADOKAWA
村瀬哲史 都道府県のギモン 宝島社

( 不忍池 )
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