[紹介]井口淳子著『送別の餃子』

更新日:4月15日

タイトルの「餃子」は「ぎょうざ」ではなく、中国語の発音で「ジャオズ」と読みます。また、この本は餃子の作り方や餃子の名店を紹介する料理本ではありません。タイトルが意図するところは、本書のとある章で説明されているので、ぜひとも手に取って確認してください。

 著者の井口淳子氏は中国の音楽・芸能、近代アジアの洋楽受容を専門とする民族音楽学者です。まだ海外旅行が気軽に行ける時代でもなく、海外から中国への個人旅行もままならなかった1980年代初めに、当時、大学生だった著者は初めて中国を訪れます。それ以来、彼女と中国の人々との交流が始まるのでした。全14章にわたって、お仕着せの観光旅行では外国人が訪れることのできないような中国の様々な地方の自然、風土、文化、芸能、生活が、民族音楽学者としてフィールドワークを行う著者の視点から描かれています。

 しかし、この本は単なる中国農村地帯の観察記録ではありません。著者の研究成果は学術論文や他の書籍等にまとめられていますが、「この本のテーマは「中国ではなく、あくまで「人」である。」(本書「はじめに」iv から引用)と著者は述べています。フィールドワーク(現地調査)を行う研究者にとって、現地協力者との信頼関係を築くことは重要な事柄ですが、その信頼関係が研究成果の中に記述されることは少ないそうです。それでもなお、鮮明に蘇る人々の記憶を書いておきたいという衝動に駆り立てられたのでしょうか。著者は自身の苦い経験や率直な思いを交えながら、人々の姿を紡いでいきます。現地の人々との交流を通して著者が体験した、近年の中国のめまぐるしい変化と発展の様子も知ることができます。

 どの人物のエピソードも強烈で、どこをどのように紹介したらよいのか正直悩みます。それぞれの章を読み進めていくうちに、著者にとってかけがえのない恩人や友人たちの姿を想像して、知らず知らずに感情移入している自分がいました。「第〜章の〜さんは今頃どうしているのかな?」などと思いを巡らせてしまうのでした。


受付:加藤麻衣


井口淳子『送別の餃子 中国・都市と農村肖像画』灯光舎、2021年

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