江戸前の鰻重は最も好きな食べ物だ。
柔らかく蒸され、何度もタレに漬けては焼きつつも、ほとんど焦がさない鰻重は、元の硬く脂ぎった鰻とは似ても似つかないタレと渾然一体のスフレのような食べ物である。
この江戸前の鰻重に慣れ親しんだ者にとって、それ以外のものはどうにも受け入れ難い。
なのだが、今回訪れた天王台の「うな志ん」は例外的に面白く、江戸前の定式化にとらわれず、随所に新しい試みをしてうまさを追求している。例えば、普通ふわふわの白焼は少し焦げ目をつけて表面がかりっとさせ、皮もとろっとしていておいしい。ただ焼いているだけの粗野な川魚料理ではない。
京料理をやってきた人が鰻に取り組んでいるのも異色の経歴である。といっても高級鰻コースなどとはせず、鰻重でなく鰻丼にして庶民的な定食屋を狙っている。
前回初めて訪れて、鰻の味がしっかり感じられて驚いたのだが、今回はちょうどシンコ(成魚になったばかりの鰻)が入ったばかりで、さらに若い鰻のさらりとしたパワーが感じられた。
牛豚鶏はあまり生の姿が伝わると、生生し過ぎてしまうが、魚は生の姿を生かして食べることが多い。その中にあって、江戸前の鰻料理は元の生体をあまり留めないのだが、店主も魚料理だと言っているように、鰻料理に魚の力を活かそうとする挑戦が感じられた。
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