意味を探す
- 2月5日
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小さな子どものころ、ヒーローもののテレビ映画、「海底人8823(はやぶさ)」を観ていました。そのオープニングソングに「8823謎の人」というくだりがありました。この「なぞのひと」を長いこと「まどのそと」だと思っていました。「まどのそと」、漢字交じりで書けば「窓の外」です。全く意味が分からないのですが、「謎の人」のほうが分からなかったので、「窓の外」だと思ったまま数十年が経った後で、ユーチューブの普及によって「8823」を検索して確認する機会に恵まれました。今謎が解けてほっとしています。
もうひとつ面白い思い出を。「ジュリー」こと沢田研二が「TOKIO」をはじめ大ヒットを連発していたころの一曲。彼の「おまえにチェエクイン」という歌がテレビの「ザ ベストテン」で放送されました。それを観た小学生から「あほみたい」という繰り返しが気に入りましたという内容の葉書きが届きました。ジュリーは“Hold me tight.”と歌っていたのですが、英語を知らない小学生は、日本語で「あほみたい」という意味を聞き取ったのでしょう。
この聞き間違いを広く視聴者から集めて番組にしたのが、タモリの「空耳アワー」です。
私たちは意味を探しています。空耳は音の連なりを日本語の意味として捉えてしまいます。感覚的には主体的に探しているというよりも探してしまうと言ったほうが良いような気もします。たとえば、また、タモリを例にすれば、彼の「でたらめ外国語」は音韻だけがその言語風なのに、意味が奇麗に欠落していて、私たちは意味の不在を楽しんでいると言えるでしょう。
意味は重要ですが、意味は鬱陶しいのです。私たちは日々せっせと意味を構築しています。それは良い悪いではなく、逃れられない私たちの性質です。では何のためにと問うのであれば、意味を蕩尽するためと答えることもできるでしょう。そのとき私たちは爆笑します。
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海底人8823
おまえにチェックイン 沢田研二 1982年








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