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経過の多様性

心理臨床や精神医療の分野では、回復の物語(リカバリー・ナラティブ)とは「その人自身がとらえた、自分自身の精神的な困難が改善していくストーリー、あるいはそれを語ること」というような意味で使われ、世界的に重視されてきています。ここで言う回復とは単に症状の消失だけを意味せず、自己決定や生活の質の向上、役割や関係性の再構築までを含めた考え方です。


カウンセラーやグループ参加者などに向かって回復の物語を語ることは、自分自身にも気づきをもたらすことが多いのです。それは精神的な課題から立ち直っていくうえで、プラスに働くと言われています。


ただ、集団療法的に実施する場合などに、留意すべき点がいくつか指摘されています。その中の一つに、模範とされる、あるいは感動を呼び起こす特定の回復の物語が強調され、他の物語の存在が薄れてしまうことは望ましくないとする意見があります。


現代では、高度経済成長期のスポ根漫画のような「努力物語」や「成功神話」のみが必ずしも称賛される時代ではなくなってきていますね。それに代わる(または補う)考え方をする人も増えてきているように見えます。たとえば、「無理しないで休むこと」とか「本人なりの幸福感」の価値を見直す動きが出現してきています。


私としては努力や成功の価値を否定するつもりはありません。しかし、それ以外の価値を見直す動きが出てきたことは、望ましいことだと思っています。それには歴史的な必然性があるようにも思えます。大事なことは、回復の物語は多様であり、人の数だけ存在していいということです。


実際の回復の物語は映画のストーリーのようにドラマチックとは限りません。紆余曲折やハラハラドキドキする要素がとくにない物語もありえます。退屈な繰り返しや、テーマとは無関係なエピソードが含まれる場合が、現実的な展開には多いと思われます。努力だけではなく、本人がコントロールできる範囲を超えた、運や偶然、社会的環境が重要な役割を果たすケースもあるでしょう。


回復の物語が一様ではないと知ること自体が、ものの見方の柔軟性を取り戻すことにつながり、回復に大きく貢献することも十分に考えられます。


参考講義

Åsa Jansson, Angela Woods, Akiko Hart and Christopher Cook(2023) Recovery narrative in clinical practice Royal College of Psychiatrists


                                          水元公園の風景
                                          水元公園の風景

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